賑やかになり過ぎて注意される一幕はあったものの、道中襲われるようなこともなく今日予定していた野営地には到着できた。
無理をすれば夜にはカルヘルドに到着できたかもしれないが、検問で怪しまれる可能性もあるし、夜は相手にとって有利な時間だ。尾行されて潜伏場所がバレては元も子もないということで、ここで一泊することになった。「そういえば、カルヘルドってどんな街なんですか?」
「カルヘルドか、あそこは魔法や魔道具研究が盛んな街だな。街灯にも魔道具が使われているし、ロールートと呼ばれる公共設備がある」 「ロールート?」 「あぁ、足元がな勝手に動くんだ」動く歩道みたいなものか?確かにこの世界では珍しいだろう。
前の世界でも街中にはなかった気がする。「ロールートを見るのは私も初めて!楽しみだなぁ」
「珍しさで言えば話の種にはなるだろうな。慣れてくると単に便利としか思わなくなるが。あとはそうだな、魔法学園と魔道具研究施設があるな。どちらも一般人はあまり関わる機会がないけどな」 「やっぱり学園の生徒は貴族階級の人が多いんですか?」 「いや、言い方が悪かったな。能力さえあれば平民でも学園には普通に入れる。学費はそれなりに掛かるらしいけどな。一般人ってのはそういうのに興味がない人達のことだ」 「学園って入れるのかな?」 「一般開放は特別な日以外はしてなかったと思いますが、どちらにしても今は近づくべきではないでしょう」 「こんな時じゃなかったらな~せっかく街まで行けるのに・・・なんか、もどかしい!」 「ミアは学園とかには通ってるのか?」 「一時期通ってたんだけどね・・・あ~色々あって家庭教師に変わっちゃったの」どうやらあまり言いたくない何かがあったらしい。まぁ王女ともなればすり寄ってくる貴族やそれに紛れた暗殺者に狙われたりとか色々有り得そうだ。
「だから、学園自体は通ったことあるんだけど、魔法学園ってどういうところが違うのか気になるじゃない」
「確かに。どんなことを教えてるんだろう」 「俺も詳しくは知らないが、カルヘルドの魔法学園はマ次の日は予定通り早めに野営地を発ち、しばらくすると遠目にカルヘルドが見えるくらいのところまでやってきていた。『アキツグ、警戒して。右の林から何か近づいてきてるわ』 「襲撃者か?」 『分からない。けど、動物なら街道に入る私達に向かってきたりはしないと思う』 「分かった」クロヴさんの方を見ると既に何かを準備しているようだった。 前もそうだったが気づくのが早い。もしかしたらセシルさんと何らかの方法で連絡を取っているのだろうか。単にロシェッテと同じくらい索敵能力が高いだけかもしれないが。 すると、クロヴさんから白い煙が立ち上った。「やはり気づかれたか。だが、街の近くまでこれたのは幸いだな。衛兵がこれに気づけば救援に来てくれるはずだ。アキツグ、御者を頼む。俺とセシルは追いかけながら護衛する」 「分かりました」そう言って御者台に座り、クロヴさんが馬車から少し離れたところでロシェに声を掛ける。「ロシェ、悪いが敵が近づいてきたら迎撃を頼めるか。狙われているのはミアだけど、馬を止めるために先に俺を仕留めようとするかもしれない」 『もちろん。私の恩人と友達だからね。あんな奴らに傷つけさせたりしないわ』 「俺は友達じゃないのか?」 『恩人で友達よ』 「そっか。じゃ任せた!」軽口を躱して俺は馬の制御に専念する。 正直怖くて仕方ないが、俺にできるのは少しでも早く街に近づくことだけだ。防御についてはロシェを信じることにした。少しして、前回と同じくけん制の投げナイフが戦闘の開始を告げた。 林から次々と計5人の黒ずくめの姿が飛び出してくる。 うち二人はクロヴさんを抑えに行き、残りの3人がこちらに向かってくる。 向こうも短期決戦でエルミアを攫うことを優先しているようだ。 しかし、さらにその背後から飛び出してきたセシルさんが襲撃者の一人に奇襲を仕掛けて背中を斬りつけた。 斬られた襲撃者はバランスを崩して倒れたが、残りの二人は構わずに馬車の荷台に乗り込もうとしてくる。 だが、先頭に居た襲撃者が突如後方に吹っ飛んでいく。
その後、やっとのことでカルヘルドに到着した。 かなり発展しているようで、街の入り口のすぐ先には聞いた通りロールートがあり、ほとんどの人はそれに乗って街の各地に移動しているようだ。 正面の奥の方には大きな建物が2つ見える。あれが学園と研究所だろうか? 検問を終えて中に入る。するとセシルが捕まえた襲撃者を連れて先行した。「私はこいつを冒険者ギルドまで連れて行くわ。情報を吐く可能性は低いだろけど」 「セシルさん、これを持って行ってください。何かに役立つかもしれません。」というとエルミアは封書の様なものをセシルに渡した。「これは?・・・!王印入りの封書。使っていいの?」 「えぇ、必要な時は使ってください。襲撃者の情報は重要ですから」 「分かったわ。これなら研究所の方に協力も頼めそうね」 「お願いします。何か分かれば教えて下さい」 「えぇ」そう言ってセシルは念のためと衛兵と一緒にギルドへ向かっていった。「それじゃ俺達も行くか。目的地はどこだ?」 「街の南東にある『青銅の棺』っていう道具屋です」 「よし行くか」三人と一匹で『青銅の棺』へ向かう。 ロールートは思った通り、歩く歩道みたいな感じだった。街の中央から東西南北にそれぞれ伸びているようだ。 ロシェには念のため透明状態で付いてきてもらっている。時間があれば冒険者ギルドに行って従魔登録をしたいところだけど。「そういえば、ロシェ。君が危険な存在じゃないと周囲に示すために俺の従魔として登録したいんだけど、そういうの嫌だったりするか?」 『別に構わないわよ。変な焼き印されるとかなら流石に嫌だけど。魔術的な契約くらいなら問題ないわ』 「クロヴさん、従魔登録ってどういうことをするんですか?」 「ん?あぁ、ハイドキャットか。別に難しいことはない。魔術的な契約書に記入して従魔対象がそれに抵抗しなければ登録が完了する。あの懐き具合なら抵抗はされないと思うぞ」良かった。それなら時間もそんなに掛からなそうだ。 ロシェにも了解を貰ったし、後で行くことにしよう。
「エルミア様!よくぞご無事で」 「えぇ、私を逃がしてくれた近衛の皆と、ここまで連れてきてくれた彼らのおかげです。あと皆さん姿勢を楽にしてください。ここは王宮ではないのですから」言われて彼らは立ち上がりながらこちらに視線を向ける。「彼らは・・・冒険者ですか?」 「冒険者のクロヴさんと商人のアキツグさんです。あともう一人、セシルさんが先ほど捕まえた襲撃者を冒険者ギルドへ連行しています。どなたか状況を確認してきて下さい」 「承知しました」 「紹介にあずかりましたクロヴです」 「同じくアキツグです」 「そうか、エルミア様を助けて下さったこと感謝する。私は近衛第2部隊隊長のゴドウェンだ」 「ふふっ!実はもう一人居るんですよ。皆さん分かりますか?」言われて彼らは怪訝な顔をした。広間と言っても見渡せる程度の広さしかないし、俺たちの後ろにも姿も気配もない。 やはり彼らでもロシェには気づけないようだ。『私のことまで紹介する必要はないのに、ミアは律儀ね』 「!?猫の鳴き声?まさかハイドキャットか?」 「えぇ。今は姿を隠していますが、頼もしい仲間です」彼らはかなり動揺していた。味方だからいいものの近衛兵として間近に居る存在に気づかなかったのだ。もし敵であれば彼らは初撃に対応できないことになる。「これは・・・迂闊でした。存在感知の魔道具を用意するべきですな。ハイドキャットのような存在は希少ですが、敵が似たような魔術を使う可能性は考慮しなければ・・・」隊長らしき男はぶつぶつと考え事をしている。エルミアはせっかく紹介した友達のことがスルーされて少し不満げな様子を見せたが、すぐに表情を戻して続けた。「さて、皆さんの紹介も終わりましたし、今後のことについて話しましょうか。そちらの体制はどうなっていますか?」 「はっ。我ら先遣隊は昨日到着し、情報収集を行っておりました。明日には本隊も到着する予定です」 「そうですか。それならば二日後には出発できそうですね。ではゴドウェン隊長、引き続き情報収集と補給を進めて、本隊の準備が整い次第出発できるように対応をお
冒険者ギルドに入ろうとしたところでちょうどセシルさんが中から出てきた。「あら、これから向かおうかと思ってたんだけど、その様子だと問題なかったみたいね」 「あぁ、ミアは無事合流できた。連れてきてくれてありがとうと伝言だ。直接伝えたいとも言ってたから、良ければ会いに行くと良いだろう。報酬は後ほど冒険者ギルドから受け取れるようにするという話だった」 「そう。襲撃者の方は残念ながら今のところ収穫なしよ。研究所から何かの魔道具の提供依頼を出しているみたい。さて、他に用事があるわけでもないし会えるか分からないけど、向かってみましょうか」 「あ、セシルさん。あそこに行くならこれを」そう言って、合言葉を書いたメモをセシルさんに渡す。 彼女はそれを見ると理解したように頷いた。「なるほどね。ありがとう。依頼も完了したしあなた達とも一旦お別れね。まぁクロヴは時々見かけるけど」 「活動地域が同じだからな」 「そうね。それじゃ、アキツグもまた機会があればよろしくね」 「はい。ここまで護衛ありがとうございました」彼女はひらひらと手を振りながら『青銅の棺』の方へ歩いて行った。 俺たちはそのまま冒険者ギルドへ入っていく。「受付はあっちだ。そういえば聞いてなかったが冒険者登録はしているのか?」 「いえ、していません」 「そうか、冒険者として活動しないなら必要ないか。それじゃ俺は襲撃者の方の様子を見にいく。たぶん信じて貰えないだろうから、契約相手のことは受付に俺から一言言っておくよ。」 「ありがとうございます。クロヴさんもここまで護衛ありがとうございました」 「あぁ。また一緒になる機会もあるだろう。それまで元気でな」 「はい。クロヴさんもお元気で」そしてクロヴさんは受付の一人に声を掛けると視線でこちらを示した。 受付の人は驚いた様子でこちらを見るが、クロヴさんに向き直って頷きを返した。 クロヴさんが離れていったところで、その受付に声を掛ける。「すみません。先ほどクロヴさんに事情を説明して貰ったアキツグと言いま
従魔登録を終えてギルド出たが、ロシェには一応姿隠を続けて貰っていた。 必要以上に目立ちたくないというのは俺とロシェの共通認識だったからだ。「さて、従魔登録も終わったけど、どうするかな。街の様子見も兼ねて色々見てみるか」 『魔道具が有名らしいし、魔道具店にも寄ってみると良いんじゃない?』 「確かにそうだな。マジックバッグみたいな便利なものが他にもあるかもしれないしそこは是非寄ろう」方針が決まったので、冒険者ギルドを出て適当に街をぶらついてみる。 魔道具で発展したというだけあって、ロンデールでは見なかったものもいくつか見かけた。 例えば、染色店の前には恐らくは宣伝と思われる様々な色を表示する看板の様なものが飾られている。人形やぬいぐるみを扱っているお店では店の窓際でぬいぐるみが踊っているのが見える。 魔道具はお店の宣伝にも利用されているようだ。 まずは大通りをとあちこち見ていると、街の中央辺りでひときわ大きな店を見つけた。店名を見てみると『ロンディ魔道具店』と書かれている。 ここがこの街一番の魔道具店かな?道中には他にも魔道具店らしき店は他にもあったが、立地的にも規模的にもここが一番だと思われる。店内に入ると入り口辺りに案内板があった。どうやら三階建ての様で、一階は日用品その他、二階は冒険者や旅用品、三階は高級品という形で売り場が分かれているようだ。 便利な日用品などであれば取引に使えるかもしれないとみてみたが、どうやら動力として魔力が必要になるようだ。考えてみれば魔道具なのだから当たり前か。魔蓄機と呼ばれるものに魔力を補充してそれを動力とするらしい。 この街には魔力を補充できる施設もあるのだが、他の街では難しいだろう。 一先ず保留にして二階を見てみる。 二階にも色々と気になる者は多かった。魔力で光るランプや遥か遠方を見ることができるモノクル、火がなくても調理などができる魔熱板など、見ているだけでも結構楽しい。当然値段も相応にするのだが、買えないほどでもない。ただ魔力の補充がなぁ。。などと考えながら3階も見てみることにする。 うっ!上がってすぐに気付く。値段の桁が違う。そこには魔法武具や飛
ロンディさんの後を付いて行くと、案内された先は応接室と思われる部屋だった。 席に座ると店員さんらしき人がお茶と茶菓子を用意してくれた。「急にお呼び立てして申し訳ございません。改めましてロンディと申します。どうぞよろしくお願いいたします」 「アキツグです。よろしくお願いいたします」 「それでは早速本題なのですが・・・失礼を承知でお聞きしたいのですが、アキツグさん、うちで支払いの際にスキルを使用されましたか?」その一言に心臓が跳ね上がる。 当たり前になって意識から抜けていたが、物々交換での支払いなんて特異なものの筆頭じゃないか。今まで誰にも違和感すら持たれなかったので、気づかれることはないと思い込んでしまっていた。「えっと、支払いは問題なく処理されたと思っているのですが、何故スキルを使用したと?」 「ふむ。誤解して欲しくはないのですが、私は支払いについてあなたを責めるつもりはありません。スキルを使用した根拠としては支払いが金銭ではなく物品で行われていたからです。うちでは通常物品での支払いは受け付けておりませんので」バレてる。やはり物々交換で取引したことがバレている。 これは言い訳は苦しいか。。「ご推察の通りです。ただ、使用したというか常時発動している効果であり、悪意があって物品で支払ったわけではないのです」 「なるほど、そうでしたか。実は店内監視の魔道具にほんの少しですがノイズの様な反応がありましてな。何事かと確認したのですが、まさか取引に干渉するようなスキルが存在するとは」 「こちらとしては仕方なかったのですが、申し訳ありません」 「いえ、それはお気になさらず。それよりもお願いしたいことがあるのです」 「お願い・・・ですか?いったい何でしょう?」 「ご存じかもしれませんが、魔道具の多くは魔法やスキルを解析してその仕組みを道具として使えるようにしたものになります。そしてあなたのようなスキルを私は見たことがありません。魔道具の発展のために是非そのスキルについて調べさせていただけないでしょうか?!」ロンディさんは話すうちに興奮してきたのか最後の方はこちらへ乗り出すよ
次の日、ロンディさんを待たせるのも悪いと思い早めに店を訪れた。 ちなみに今回ロシェには別行動をしてもらうことにしている。 魔法解析室というのがどんなものかは分からないが、ロシェが入って何かまずい情報が収集されてしまうと彼女に不利益になると考えたからだ。 彼女も気にした様子もなく『適当に散歩してくるわ』と言って出て行った。 従魔の契約によりお互いの存在はなんとなく分かっているが、ロシェの方がより感覚が鋭いようで、彼女は俺の位置まである程度把握できるらしい。 なので、用事が済むか何かあった時には合流することになっている。 店に入り昨日の応接間まで来て念のため扉をノックする。「どうぞ」中からロンディさんの返事が聞こえた。既に部屋に居たらしい。「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」 「おはようございます。いえいえ、少し準備などしていただけですからお気になさらず。早速ですが、そちらに用意したマントとブーツの着用をお願いします」言われたほうを見るとテーブルの上にマントとブーツが用意されている。 テーブルの前にはご丁寧に姿見まで用意されている。 俺は言われるままにマントを着用し、ブーツに履き替えた。 姿見を見てみると目の前には俺の姿はなく背後の風景が写されていた。 ブーツの履き心地も問題なく軽く跳ねてみても本当に音がしない。 すごいな。これなら俺でも隠密行動ができそうだ。必要な機会が訪れるかはともかくだが。「このブーツもすごいですね。全然音がしないです」 「気に入って頂けたなら何よりです。流石に限度はありますが走行や軽い跳躍程度の音は消すことができますよ。それでは研究所へ向かいましょうか」ロンディさんについて研究所に向かう。 このブーツも相当な貴重品だろう。値段が気にはなったが予想通りの返答が返ってきそうだったので聞くのはやめておいた。 店を出てロールートを使い研究所に向かう。 道中人にぶつからない様に歩くのに苦労した。普段なら相手もこちらを避けようとするので自然とすれ違えるの
ロンディさんが用意した色々な物と交換したり、値引き交渉をしてみたり、交換した商品で再度交換したりなど色々なパターンで取引した。 取引自体は順調に進んだが、一通り試したところでロンディさんは得心が行かないように首を捻っている。「どうかしましたか?」 「いえ、なんでしょう。値引き交渉の時により感じたのですが、なんだか普段の交渉よりも判断が甘くなっているような・・・そう、損した感覚はないのですが、改めて考えると通常では納得しないような価値で取引している様な気がするのです」 「あぁ、それは恐らくスキルの影響だと思います」そういって俺はスキルの効果である『交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する』ことを伝えた。「なるほど。この辺でも相手の感覚や感情を取引内容に影響させているのですな。需要や好感度による変動というのは通常の取引でもあるものですが、わざわざ明記されているということはこれらにもスキルの補正がされているということなのでしょうな」ロンディさんは自問自答をしながら考察を深めていた。 最後に金銭の扱いに確認させて貰ったが、これは予想通り、受け取ることはできた。だが、その後でロンディさんに何かを渡そうとすると体が動かなくなった。スキルにより行動が制限されたらしい。試しにロンディさんが何かを貰おうと近づくと勝手に体が飛びのいた。やはり実質的に取引の扱いになるとだめらしい。恐らくは贈与が完了したと判断されるまではこのままなのではないかと思われた。「金銭の件を最後に回したのは正解でしたな。さて、一通り試し終わりましたし、本日はこれにて終了としましょうか。ご協力いただき誠にありがとうございました」そう言ってロンディさんは深々と頭を下げた。 俺は慌てて返事をする。「いや、ロンディさん頭を上げて下さい。十分過ぎる報酬を頂いていますし礼を言うのはこちらの方です」 「いやいや、あなたに出会えなければこのスキルを知る機会すら得られなかったかもしれない。その報酬は正当なものですよ」 「そう言って頂けるとこちらとしてもありがたいです。それではこれで」 「えぇ。もしまた何
シディルさんの依頼を受けたことで、数日はマグザの街に留まることになった。 宿に関してはシディルさんの屋敷を使わせて貰えることになったため、エフェリスさん達に礼を告げて場所を移していた。 エフェリスさんは「気にしなくて良いのに」などと言ってくれていたが、流石に理由もなくお世話になり続けるのも悪いし、なるべくロシェの近くに居たほうが良いだろうという判断でもある。ちなみにミルドさんとエリネアさんは片付けが終わったらまたロンデールに戻るらしい。 とはいえ、四六時中側についていても仕方ないし何より俺もカサネさんも特殊なスキル持ちだ。シディルさんの研究室がどんなものかは分からないが、俺達が中に入ることでそれに感付かれるとまた話がややこしくなる気がしたので、ロシェとは別行動をとることになった。 ・・・カサネさんは調査に興味があるみたいで少々残念そうにしていたが。 そして俺達は今、街外れにある森に来ていた。 冒険者ギルドに森の魔物の討伐依頼が出ていたので、とある魔道具のお試しも兼ねて受けてきたのだ。このあたりには強い魔物は出ないのだが、最近森の魔物が増えてきているらしく、定期的に冒険者に依頼を出しているらしい。 とある魔道具というのはロシェの調査依頼の報酬として受け取ったシディルさん特製の魔道具である。俺達からすると何もしていないのに報酬だけ受け取っている感じなので申し訳なさはあるのだが、当のロシェ自身に『気にせず行ってきなさい』と言われてしまっていた。 森の奥に進んでいくと確かに怪しい気配が増えてきた。魔物同士が争っているような音も時折聞こえてくる。「この辺で良さそうですね。あまり奥に行って囲まれたりしても困りますし」 「そうだな。俺はここでもちょっと怖いくらいだけど」 「ふふっ、すぐに慣れますよ。アキツグさんの魔法の腕も上がってきてますから」 「そう願いたいな。戦わずに済むならそのほうが良いんだけど」そう話しつつも、俺は早速魔道具を近づいてきた魔物に向けて狙いを定めた。気を落ち着けて慎重に引き金を引くと、魔道具から雷の弾丸が撃ち出された。 弾丸は撃ち出された勢いのままに魔物の胴体を貫通し、その魔物は
そこまでする必要はなかったかもしれないが、何となく屋敷の中だとシディルさんに聞かれてしまうのではないかと思ったのだ。 それにしても調査依頼か、ロンディさんの時を思い出すなぁ。理由が魔道具の発展のためだったり、こちらが弱みを握られてるっていうところも同じだし。違いは対象が俺じゃなくてロシェってところだけど。「さて、どうしようか。シディルさんも話した感じ友好的だし、断ってもロシェのことを言いふらしたりするような人ではなさそうだけど。調べられた結果ロシェ達に不利益な情報が広まる可能性もあるよな?」 『無いとは言い切れないでしょうね。私達を見つけるようなものが作れたりするのかもしれないし』 「そうだよなぁ。姿を消せる原理を知ろうとしているわけだし、それを応用すればそういうこともできそうだよな」 「そうですね。当然リスクはあると思います。ただ分からないところはこちらで悩んでも仕方ないですし、聞いてみれば良いのではないですか?」 「・・・そうだな。もう少し色々聞いてみてそれでも危険だと思ったら悪いけど断わろうか」結論が出たところで屋敷に戻り、シディルさんに先ほど話していたリスクについて聞いてみることにした。「ふむ。ハイドキャットという種の優位性へのリスクのぅ。ハイドキャットの仲間がいるお主達からすれば当然の懸念じゃな。では、調査結果やその後の研究の成果は世間には公表しないということでどうじゃ?わしが個人的に研究する資料とするだけであれば、ハイドキャットたちに危険が及ぶこともなかろう」 「えっ?それでいいんですか?魔道具の発展のための研究なのでは?」 「もちろんできるのであればそうしたいところじゃが、それではお主達は納得せんじゃろう?それに一番の目的はわしの探求心を満たすためじゃからの。わしは今でこそ学園長なぞやっておるが、もともとは魔道具の研究者での。若い頃に解明できなかった姿隠の原理が未だに心残りで、今でも趣味で細々と研究を続けておったのじゃ。じゃからそれでお主達が納得してくれるのなら安いものよ」シディルさんは昔を懐かしむように自分の過去の話をしてくれた。 隣で聞いていたクレアさんは驚いたような納得したような表情をしている。
魔法学園の学園長というだけありシディルさんの屋敷はかなり大きかった。「さて、話というのは先ほども言った通りそのハイドキャットのことなのじゃが・・・失礼な問いになるかもしれんが率直に聞こう。アキツグ君、その子をわしに譲る気はないかね?もちろん相応の対価を支払うつもりじゃ。わしなら大抵のものは用意できるぞ?」いきなりか。確かにハイドキャットが希少だというのは聞いているから、その可能性は考えていた。変に回りくどいことをされるよりは対応しやすい。 俺はちらっとロシェの方に視線を送る。すると『まさか応じるつもりじゃないでしょうね?』という怒気の篭った視線が返ってきた。いや、念のためにロシェの意思を確認しようと思っただけなんだが、意図を汲み取っては貰えなかったようだ。「申し訳ありませんが、ロシェは大切な仲間なので」 「そうか、残念じゃな。では代わりと言ってはなんじゃが、うちの孫と交換というのはどう<バシッ!>いたた、じょ、冗談じゃよクレア」 「笑えません!」シディルさんの発言に割と食い気味でクレアさんが突っ込みを入れていた。 確かに酷いことを言っていたが、クレアさんの突っ込みも割と容赦ないな。これは恐らくだが今回だけでなく普段からこういうやり取りをしていそうな気がする。「やれやれ、冗談はさておいてじゃな、そのハイドキャットの子を調べさせて欲しいのじゃよ。もちろん危害を加えるようなことはせんと約束しよう。わしの研究室で映像記録や魔力波を通しての生体情報の採取などをさせて欲しいのじゃ」 「なぜわざわざ俺達に?シディルさんなら俺達に頼らずともそれこそ他から連れて来て貰うこともできるのでは?」 「ふむ。お主はその子の価値を見誤っておるようじゃの。現在、わしの知る限りで世界にハイドキャットを人が使役している例は2人だけじゃ。もちろんその2人にも交渉は試みたのじゃが、断られてしまったのじゃ」世界中でたった二人!?確かに珍しいとは聞いていたが、そんなレベルとは完全に予想外だった。あの時クロヴさんは怪我したロシェを割と平然とした顔で連れて来ていたし、従魔登録を担当したギルド職員さんも驚いてはいたが平然を装って仕事はしていたので、普通に
「初めましてじゃな。私はこの学園の学園長をしておるシディルじゃ。孫が世話になったようじゃの」今日は割り込みの多い日だなと思いつつ、俺達も三度目の自己紹介をする。「それで俺達に聞きたいことというのは?」 「うむ。お主達もここでは都合が悪かろうと思ってうちに誘ったのじゃ。聞きたいことというのはその子のことじゃよ」そう言ってシディルは何もない空間を指さした。いや、正確にはロシェが居る辺りを指さしている。 この人もロシェに気づいている?と思ったところでロシェの気配が右の方に移動したのが分かった。すると、シディルさんの指もそれを追うように動いていく。 やはり気づいている。ロシェも確認のために動いてくれたのだろう。 そうなると、話というのは何だろう?学園内にロシェを入れたのがまずいということはないと思う。他にも従魔を連れた客は居たのだ。姿を消していたことの注意とかなのだろうか。まぁ強制的に連行しようとしていないので敵意があるわけではないだろう。ここは素直に従ったほうが良いか。「分かりました。ご迷惑でなければお邪魔させて下さい」 「うむ。誤解なきように言うておくが、お主らを咎めたりするつもりはないのじゃ。単にわしの興味本心から招待しただけじゃから、そんなに警戒せんでくれ」・・・それならそうと最初に言って欲しかった。いや、まだ完全に信じて良いのかは判断できないけども。「ねぇ。その子って何のことなの?」 「わ、私も気になります!」と、そこでクレアとスフィリムの二人が何の話か分からないと質問してきた。 周りを見回してみると大会が終わったことで人もまばらになっている。 これならそんなに騒ぎになることもないか?「実は姿隠で隠れている従魔が居るんだ。今見せるから騒がないでくれよ。ロシェ姿を見せてくれるか」 『なんだか自信が無くなってくるわね。今まで例の獣以外には見つかったことなかったのに』そうぼやきつつロシェが姿を現した。俺やカサネさんが壁になってなるべく他の人に見えない様にはしたが、気づいたらしい一部の人が動揺した声を上げていた。「この子
個人戦は一人でのパフォーマンスになるため、やはり複数属性を扱える学生が多かった。チーム戦ほどの派手さはなかったが、一人で複数の属性を操ってパフォーマンスを行う技量の高さはなかなか見ごたえがあった。 そうこうしているうちに例の彼女クレアの順番が回ってきた。「さぁ、最後は学園きっての天才魔導士の登場だーー!!」司会の男性がテンション高めにクレアの登場を告げる。(彼女そんなにすごい魔導士なのか・・・)呼ばれたクレアは何故か申し訳なさげにしながら登場して一礼してからパフォーマンスを開始した。 それを見た俺は彼女が天才と呼ばれたことに納得しつつも、さらに驚かされることになった。彼女は火・水・風・土・光・闇の6属性全てを使いこなしていたのだ。 火で円形のリングを作り、その周りに光と闇で影の観客席を作り、生み出した水から水のゴーレムを、地面からは土のゴーレムを作り出して、風が音声機の声を俺達の耳に届けた。 出来上がったのは影の観客たちが歓声を送る中、水と土のゴーレムがリングの中央で力比べをする舞台劇だった。「これを・・・一人で・・・?」 『確かに、これはレベルが違うわね。何故か本人は自信なさげにしているけど』カサネさんは同じ魔導士として驚嘆していた。それはそうだろう、彼女の4属性持ちでも希少だというのに、全属性を持つだけでなくこれだけ巧みに操っているのだから。 気になるのはロシェの言う通り本人の様子だった。ものすごいパフォーマンスをしているというのに当の本人は自信なさげというか申し訳なさそうにしているのだ。(もしかすると、この大会への出場は本人の意思ではなかったのかもしれないな)他の人達は殆どが舞台劇の方に目を奪われていて彼女の方は気にしていないようだ。劇は最終的に力で押された水のゴーレムが火のリングに足を踏み入れたところで足が蒸発してしまい、バランスを崩して場外負けという形で終わりを告げた。クレアが再び一礼して舞台袖に消えると、盛大な拍手が送られた。 個人戦の勝者は決まったようなものだろう。他の子達のパフォーマンスも良かったが正直レベルが違い過ぎた。
街の広場を色々見て回っていると時刻も夕方に差し掛かる頃になっていた。 幾つかの取引もできて出店を満喫したところで今日は帰ることにした。 カサネさんも魔道具や本などをいくつか購入していたようだ。ミルドさんの家に戻るとエフェリスさんが今日も美味しい食事を用意してくれていた。どうやらお店も去年より盛況だったらしく一日でほぼ売り切れたため、明日は家族で学園祭を楽しむことにしたらしい。次の日、ミルドさん達と一緒に魔法学園まで向かいミルドさん達は先に出店を回るということでそこで分かれることになった。 俺達は予定通り、魔法練習場に向かうことにした。 塔まで歩いて行くと20人程の列ができている。塔を使えるのは一度に10人程度らしい。「細長い塔ですね。これでどうやって上まで行くんでしょう?」 「なんらかの魔法なんだろうけど、俺にはさっぱりだな」 「そういえば人数制限があるみたいですけど、ロシェさんはこのまま乗れるでしょうか?」・・・た、確かに。考えてなかった。どうしよう。『考えてなかったって顔ね。気にしなくていいわ。私は先に上っておくから』そういうと、ロシェの気配が俺から離れて山の上の方へと離れていくのが分かった。自力で登っていったらしい。流石だ。「もう山の上まで行ったみたいだ。早いなぁ」 「かなりの急勾配ですのに。流石ロシェさんですね」話しているうちに俺達の順番が回ってきた。 塔の中に入ると、何もない丸い空間で床には魔法陣のようなものが描かれていた。 塔の管理をしている人が「起動しますので動かないでください」と声を掛けて、壁際に合ったパネルのようなものに触れると、一瞬視界がぶれて次の瞬間には先ほど入ってきた入り口が無くなっていた。「え?」 「到着しました。出口は反対側です」言われて反対側を見ると確かに入り口と同じ扉が開いていた。 俺達以外にも数人が驚いた様子を見せながら出口から出て行く。恐らく初見かそれ以外かの違いなのだろう。「何が起きたのか全く分かりませんでした。流石は魔
魔法学園の学園祭だけあって、出し物は魔法を絡めたものが多かった。 教室に暗幕を掛けて光の魔法でプラネタリウムのようなものを見せたり、 冷気で快適な温度に設定された喫茶店なども休憩所として好評な様だった。「学生ごとに違った発想で出し物を考えていてすごいですね」 「あぁ。中には当日楽をする狙った展示物の様なのもあったけど」 「ふふっ。確かにあそこは受付の学生さん一人だけでしたね」などと出し物の感想を話しながら歩いていると、ドン!と右側から何かがぶつかってきた。「あいったたた・・・あ、ご、ごめんなさい」 「あぁ、いやこちらこそ。大丈夫か?」ぶつかってきたのは学生の女の子だった。走っていたうえ、ぶつかったのがちょうど曲がり角だったため避けられなかったらしい。「は、はい。全然大丈夫です。すみません。急いでいるのでこれで」そう言うと、彼女はこちらの返答も待たずに行ってしまった。「随分急いでいたみたいですね」 『・・・これ、さっきの子が落としたんじゃない?』ロシェがそう言って指さした先には革製の薄いケースのようなものが落ちていた。拾って見てみるとどうやら学生証らしい。先ほどの女の子の顔写真も載っていた。名前はクレアというらしい。「そうみたいだな。どこに行ったか分からないし、落とし物として案内所にでも届けるか」 『これだけ人が多いと気配を追うのも難しいし、それが無難でしょうね』ということで、多少寄り道しつつも案内所に学生証を届けると時刻は昼過ぎになっていた。近くの出店を見ていたカサネさんのところへ戻ると、男子学生と何やら話しているようだった。「お姉さん一人?実は俺も友達にドタキャンされちゃってさ、良かったら一緒に回らない?」 「いえ、連れが居るので」ナンパだった。ほんとに一人でいると良く声を掛けられている。こういう場だとなおさらかもしれない。ともあれ、カサネさんの機嫌がこれ以上悪くなる前にさっさと合流したほうが良いだろう。「お待たせ」 「あ、おかえりなさい」 「ちっ、ほんと
翌日、起きて一階に降りるとミルドさん達は既に家を出るところだった。「おはようございます。もう出るんですか?」 「おはようございます。えぇ、書置きを残しておいたんですけど、朝食は作っておいたので食べて下さいね。予備の家の鍵も置いてます。返却は今夜で構いませんから」 「え?今夜もお世話になっていいんですか?」 「え?・・・あぁ。そういえば言ってなかったですね。学園祭は明日まであるんですよ。ですので、もし急ぎでなければ明日も楽しんでいってください。今日とは違うイベントなどもあるみたいですよ」確かに昨日の話では何日間あるのかは聞いてなかった。 折角こう言ってくれていることだし、もう一日お世話になろうか。「そうだったんですか。急ぎの用はないので、もう一日お世話になります。何から何までありがとうございます」 「いえいえ、それでは行ってきます」挨拶を済ませると三人は荷物を持って家を出て行った。 少し遅れて起きてきたカサネさんと朝食を頂いてから家を出て、まずは学園の方に向かってみることにした。通りがかりに見てみると街の広場も既に賑わいを見せているようだ。「朝から結構にぎわってますね」 「あぁ、こっちは主に学園祭で集まってくる人をターゲットにした商売だな。本来なら商人の俺はこっちに混ざるべきなんだろうけど、まぁ今日は休日ということで学園祭を楽しむことにしよう!」 「ふふっ、変に拘っても気になって集中できないかもしれませんし、良いと思いますよ」 『あなたのスキルは割といつでもお祭りに近いと思うけどね』ロシェッテが呆れたようにそう言った。 確かにレベルが上がったおかげなのか、最近は店を開けば通りがかった人の何割かは何かしら買ってくれるし、旅の途中ですれ違う人達から取引を持ち掛けられることもあるのだ。「つまり普段から働いているわけだし、休んでも問題ないということだな」 『はいはい、そうね』そんな話をしながら学園へ向かう。学園が近くなるにつれて人が増えてくる。 やはりこちらがメインなだけあって集まっている人の数も段違い
「楽しみにしてます!」 「それじゃ、部屋に案内するよ。こっちだ」ミルドさんが抱えていた荷物を近くに置いて俺達を部屋に案内してくれた。 俺達はエフェリスさんに一礼してからミルドさんの後を付いていく。「こことその隣が空き部屋だ。掃除用具とかはあそこの籠の中にあるから好きに使ってくれ」ミルドさんが案内してくれたのは二階にある突き当りの部屋だった。「ありがとうございます。あと、学園祭のこと後で教えて貰っても良いですか?俺達基本的なこともよく分かってなくて」 「あぁ、構わない。夕食の時にも話題になるだろうから、その時に説明しよう」 「分かりました。お願いします」 「それじゃ、悪いが掃除の方は頼んだ。俺は準備の方を手伝ってくる」そう言うとミルドさんは一階に戻っていった。 部屋を開けてみるとどちらの部屋にも最低限の家具は置かれてあった。元は客間か誰かの部屋だったのだろうか?ただ、やはりしばらく使われていなかったようで、それらの家具は埃を被っていた。「それじゃ、美味しいデザート、いえ食事のために頑張りますか!」 「あ、あぁそうだな」カサネさんがいつになくやる気だ。こんなに張り切っているのを見るのは初めてかもしれない。よほどコロンケーキが楽しみらしい。 そうして夕食前までは各自で部屋の掃除を済ませた。 掃除を済ませて一階に戻ると、キッチンの前に知らない男性が立っていた。「ん?おぉ、あんたらがミルドの連れてきたお客さんか。俺はあいつの父親でカイゼルってんだ。よろしくな」俺達もカイゼルさんに挨拶を返すと、席に着くように勧められた。 言われた通り席に着くと、エフェリスさんが食事を並べてくれた。「お掃除お疲れ様でした。さあさあ食べて下さいな。コロンケーキはデザートでお出ししますね」エフェリスさんが振舞ってくれた料理はどれもとても美味しかった。 デザートだけでなく食事までごちそうを用意してくれたようだ。「とても美味しいです」 「お口にあったようで良かったわ」